忘れてはいけないこと
ああそれは偶然ではない、天災ではない
人類最初の原爆は
緻密な計画とあくない野望の意志によって
東洋の列島、日本民族の上に
閃光一閃投下され
のたうち消えた四十万の犠牲者の一人として
君は殺された、
殺された君のからだを
抱き起そうとするものはない
焼けぬけたもんぺの羞恥を蔽ってやるものもない
そこについた苦悶のしるしを拭ってやるものは勿論ない
つつましい生活の中の闘いに
せい一ぱい努めながら
つねに気弱な微笑ばかりに生きて来て
次第にふくれる優しい思いを胸におさえた
いちばん恥じらいやすい年頃の君の
やわらかい尻が天日にさらされ
ひからびた便のよごれを
ときおり通る屍体さがしの人影が
呆けた表情で見てゆくだけ、
それは残酷
それは苦悩
それは悲痛
いいえそれより
この屈辱をどうしよう!
すでに君は羞恥を感ずることもないが
見たものの眼に灼きついて時と共に鮮やかに
心に沁みる屈辱、
それはもう君をはなれて
日本人ぜんたいに刻みこまれた屈辱だ!
われわれはこの屈辱に耐えねばならぬ、
いついつまでも耐えねばならぬ、
ジープに轢かれた子供の上に吹雪がかかる夕べも耐え
外国製の鉄甲とピストルに
日本の青春の血潮が噴きあがる五月にも耐え
自由が鎖につながれ
この国が無期限にれい属の縄目をうける日にも耐え
しかし君よ、耐えきれなくなる日が来たらどうしよう
たとえ君が小鳥のようにひろげた手で
死のかなたからなだめようとしても
恥じらいやすいその胸でいかに優しくおさえようとしても
われわれの心に灼きついた君の屍体の屈辱が
地熱のように積み重なり
野望にみちたみにくい意志の威嚇により
また戦争へ追いこまれようとする民衆の
その母その子その妹のもう耐えきれぬ力が
平和をのぞむ民族の怒りとなって
爆発する日が来る。
その日こそ
君の体は恥なく蔽われ
この屈辱は国民の涙で洗われ
地上に溜った原爆の呪いは
はじめてうすれてゆくだろうに
ああその日
その日はいつか。
峠三吉著『原爆詩集』(その日はいつか)より抜粋
我々は絶対に忘れてはいけません…。
戦争という行為は、核兵器の使用という行為は、
人類にとって最悪の罪悪であるという事を…。